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虹霧

虹霧

休みの日も早く起きるようになってしまったのは、
大人になったということだろうか。

 

夏の日差しがリビングの窓からジリジリと差し込みながらも、
まだ最高気温まではもう少し、みたいな朝の空気。

 

太陽が本気を出す前の肩慣らしのような感じがして、
音楽家の本番前の舞台袖を垣間見たような感じと同じように、
その空気を味わっているのが少しだけ得したような気になる。

 

今日はどれだけ暑くなるかな、
なんて思いながら外の空気を肌で掴み取りたくて、着替える前に寝ぼけ眼でベランダに出る。

 

ベランダに置いてある多肉植物たちに水をあげる。

 

ベランダ用のシャワーの口にはいくつか種類を切り替えられるようになっているのだが、
僕はいつもシャワーを『霧』であげている。

 

ごくたまに。

 

本当にたまにだけど、空気と太陽と僕の霧が
なんらかの偶然によって、虹を見せてくれることがある。

 

音楽家が舞台袖でぼくだけに特別に一曲弾いてもらったかのような幸福感。

 

積み重ねてきた努力と経てきた時間の積層。
動的なそれらが一点に集中して弾ける前の一瞬の静けさ。

 

早起きは三文の得。

 

何て言葉が思わず頭をよぎるのもそんな時。

 

人も自然も、最近はそんなところに視点がいくようになった。

 

「暑いというと暑くなるから、暑い時は寒いって言おうぜ!」

 

なんてちびまる子ちゃんにでていたようなセリフを日常的につかっていたぼくがそんなことを思うんだから、
やはり少しだけ大人になったんだろう。

 

「虹」は夏の季語である。

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